痛いのは誰
整形外科クリニックには、スポーツでケガをした子どもたちがたくさん来院されます。子どもが受診されるときには、たいてい親御さんが付き添いで来られますが、診察室での子どもの受け答えや親子のやり取りは様々です。多くの場合、子どもは自分のケガの状態や痛みの部位をきちんと説明できます。
ケガや痛みが生じた経緯や、
どんな動きで痛みが悪化するのか、何ができて何ができないのかを細かく伝えられる子もいれば、「どこが痛いの?」「いつから症状があるの?」といった簡単な質問があれば説明できる子もいます。

一方で、こちらの質問にもなかなか答えられず、付き添いのお母さんの表情を見て答えを求めようとする子もいます。また、子どもに向けて質問しているにもかかわらず、親御さんが先に状況を説明し始め、子どもが話す機会がなくなることもあります。痛みを抱えているのは子ども自身ですが、説明は親が中心になってしまうことも珍しくありません。もちろん親御さんは子どもを心配して連れてくるのですから、我が子の状況を詳しく話されるのはごく自然なことであり、それについて否定するつもりは全くありません。
ただ、スポーツを続けていく子どもにとって、ケガの状態を自分の言葉で説明する経験は非常に重要です。ケガをした瞬間の状況や痛みの程度を最もよく知っているのは本人であり、その状況を「言語化」する力は、競技を続けるだけでなく、選手同士やコーチ、トレーナーとのコミュニケーションにも大いに役立ちます。そして、これは自立した選手を育てるうえでも欠かせない能力です。
親御さんが先に説明してしまうと、子どもは頷くだけになり、自分の身体の状態を言葉にする機会を失います。「自分が説明しなくても親が話してくれる」という習慣がつけば、ますます主体的に話さなくなっていきます。小学校低学年までは大人の補助も必要ですが、高学年以降は自分の言葉で説明できるようになることが、望ましいと考えます。
また診察後には「いつから練習できますか」「試合に出てもいいですか」という質問を多く受けます。骨折では3か月、靱帯や筋肉の損傷なら6〜8週間、皮膚や軟部組織のケガなら2週間など、組織修復の目安はあります。しかし、練習再開の最終判断を医師だけで決めることはできません。医学的に問題がなくても本人が不安を抱えていればパフォーマンスは上がりませんし、逆に回復途中でも痛みを避ける工夫をして練習を再開する場合もあります。最終的に鍵を握るのは、医師の診察だけでなく、本人の感覚なのです。
子どもたちが将来スポーツ選手として成長していくためには、自分で物事を判断できる自立した人間になる必要があります。ケガをしたときにも「医師が良いと言ったから大丈夫」という受け身の姿勢ではなく、「自分の身体が今どのような状態にあるのかを理解し、練習再開の判断を自分で判断できること」が大切です。プロ選手の多くはこの感覚が非常に鋭く、疲労やケガの兆候を早期に察知し、自らコンディションを調整しています。これは特別な才能ではなく、日常的に自分の身体を観察し、ケガや痛みを適切な言葉で説明するという習慣によって培われた能力です。診察室で親御さんが先に説明を始める場面を見ると、医師としては「痛いのはいったい誰なのか」と尋ねたくなります。ケガをしたときこそ、子ども自身が自分の身体を把握し、自分の言葉で伝える大切なトレーニングになるのです。
診察室では、ぜひ子どもがケガの状態を説明する時間を大切にしていただきたいと思います。親御さんが補足するのは、本人が言葉にしきれない部分だけで十分です。その小さな積み重ねが、自分の身体を正しく理解し、自ら判断しながらスポーツを続けられる力になります。痛みは誰も代わって感じることができません。痛みを自分の言葉で説明し、回復過程を自分で判断できるようになることこそ、スポーツ選手としての成長につながります。診察室での短い時間が、子どもが自立したアスリートへ進むための重要な一歩になることを願っています。
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▶︎ こちらの記事は長野県のスポーツを応援するWEBマガジンSPOCOLOR(スポカラ)にて連載しているコラムを掲載しております。