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痛くないだけ

ストレッチは、学校の体育、スポーツ現場、リハビリテーションなど、さまざまな場面で広く用いられています。多くの人が「ストレッチをすれば筋肉が柔らかくなり、関節の動きがよくなってケガの予防につながる」と信じており、特にスポーツ指導の現場では、ウォームアップの定番としてストレッチが取り入れられてきました。しかし、ストレッチの効果に疑問を投げかける研究結果が、数多く報告されるようになってきています。

近年の研究では、ストレッチによって関節の動きが広がるのは、筋肉が実際に柔らかくなったわけではなく、実はストレッチによって生じる「痛み」に慣れ、筋肉を伸ばすことに対する苦痛を感じにくくなったことが理由であるとされています1)。つまり筋肉や腱の構造が変化したわけではなく、痛みに対する感受性が変化したことによって、より大きな範囲まで関節を動かすことができるようになった、というわけです。

さらに、ストレッチには持続的な効果がなく、ストレッチ直後には筋肉が硬くなるという事実も明らかになっています2)

これは、外から筋肉を張っぱると、筋が防御的に収縮する反応が起こるためで、かえって筋肉の柔軟性が低下してしまう可能性さえあるのです。にもかかわらず、現在もなお多くの現場でストレッチがウォームアップの定番として行われるのは、科学的な根拠というよりも、過去の教育やトレーニングの習慣が深く根付いてしまっているためだと考えられます。

一方で、柔軟性そのものが競技成績に直結するスポーツもあります。たとえば新体操やクラシックバレエでは非常に高い柔軟性が求められ、選手たちは驚くほどの可動域を持っています。これは、小さい時から高頻度に柔軟性を必要とする動作を繰り返してきた結果、関節を包む組織や筋膜などの結合組織が構造的に適応したためであり、こうした柔軟性は一般的なストレッチでは得られない、競技特有の変化と考えられます。

では、準備運動としてより効果的な方法とは何でしょうか。それは、まず体幹部分を安定させること。正しい呼吸を行い、腹部のインナーマッスルへ刺激を与える運動をすることが、ウォームアップには非常に有効です。

次に、身体を実際に動かしながら、体幹と上肢と下肢のつながり(運動連鎖うんどうれんさ)を意識したトレーニングを行います。体幹を安定させたうえで四肢を前後左右に大きく振りながら、しっかりと動かしていきます。

体幹が不安定な状態では、腕や脚に力がうまく伝わらず、フォームが崩れたり、不要な負荷がかかったりすることがあります。逆に、体幹が安定していることで四肢の動きは効率化され、可動域も自然に広がり、ケガのリスクも低減します。

また、複数の関節が連動して動く動作(例:股関節と肩甲帯、骨盤と胸郭など)をスムーズに行うことで、筋や関節の本来の機能を引き出しながら、神経系の準備も整えることができます。

このような動作を意識したウォームアップは、単に“伸ばす”ことを目的とするストレッチよりも、はるかに実戦的です。

ただし、ストレッチがまったく無意味というわけではありません。たとえば、運動後のクールダウンでは、筋緊張をゆるめたり、心拍数を落ち着かせたり、副交感神経を優位に切り替える効果が期待できます。局所的な筋疲労や張りを感じる部位には、軽いストレッチを呼吸とともに行うことで、除痛やリラックス効果が得られることもあります。さらに、術後のリハビリなどで、関節可動域が制限された状態に対してストレッチが重要な役割を果たす場合もあります。

大切なのは、ストレッチを「いつ、何のために、どう用いるか」という視点です。「とりあえずやる」ストレッチは、ケガの予防にはつながらないのです。

ストレッチだけでなく、トレーニング内容においても科学的根拠に基づかず昔ながらの慣習だけで指導が行われている現場が今なお数多く存在します。指導者である私たち自身が「なぜその方法を選ぶのか」を問い直す姿勢こそが、選手の可能性を最大限に引き出す第一歩となるはずです。現状維持は、後退していることと同じです。

1)The effect of six-week regular stretching exercises on regional and distant pain sensitivity: an experimental longitudinal study on healthy adults.Støve MP, Thomsen JL, Magnusson SP, Riis A.BMC Sports Sci Med Rehabil. 2024 Sep 27;16(1):202

2)Revisiting the stretch-induced force deficit: A systematic review with multilevel meta-analysis of acute effects.Warneke K, Lohmann LH.J Sport Health Sci. 2024 Nov;13(6):805-819

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▶︎ こちらの記事は長野県のスポーツを応援するWEBマガジンSPOCOLOR(スポカラ)にて連載しているコラムを掲載しております。